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清原和博、亜希夫人と離婚 金銭的に苦しく慰謝料はなし | 芸能文春

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清原和博、亜希夫人と離婚 金銭的に苦しく慰謝料はなし

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元プロ野球選手で西武や巨人などで活躍した清原和博(47)が、22日に亜希夫人(45)と離婚したことを発表しました。離婚自体を拒否していた清原氏との話し合いはなかなか進まなかったようですが、亜希夫人の意思は固く離婚やむなしとの判断に至ったようです。

2014-09-23_092114

【以下引用】

 元プロ野球選手で西武、巨人などで活躍した清原和博氏(47)が22日、亜希夫人(45)と離婚したことを発表した。

関係者によると「清原氏は親権はもちろん、離婚自体を拒否し、話し合いはなかなか進まなかった」という。だが亜希夫人の意志は固く、離婚やむなしとの判断に至ったようだ。

最終的に慰謝料と財産分与の話し合いとなったが、2人を知る人は「現役時代に年俸だけで50億円以上稼いだ清原氏だが、最近は金銭的に苦しかったようだ。亜希夫人は慰謝料は諦めたと聞いている」と話している。

離婚条件について、亜希夫人の所属事務所はスポニチ本紙の取材に「具体的なことはお答えできません」と話すにとどめた。

亜希夫人は2人を出産後の08年、モデル業に復帰し、現在はファッション誌の専属モデルを務めるなど仕事も順調。子供の学費や家賃など、経済的なメドが立ったことも決断を後押しした可能性がある。

 

ネットでは・・・

「第三者にはわからん何かがあったのかもしれんが最大の被害者は子どもだと思う」

「離婚では、必ず、慰謝料を払う必要があるのでしょうか?」

「入団1年目巨人との日本シリーズ最終戦9回の守り、勝利目前で滂沱の涙を流した純真さを失いやくざ気取りで上半身に入れ墨を入れ薬物疑惑が付きまとう・・同情する気なし」

「亜希夫人は強いね。清原には幻滅した。悲しいけど」

「清原和博兄貴離婚かぁ>_< 」

・・・等々。

 

ネットでは、心配する声や納得する声など、色々な声があがっているようです。

 

離婚発表のコメントは以下の通りです。

清原和博を応援してくださっている皆様方へ

私事で恐縮ですが、このたび、私は、妻と離婚したことをここにご報告致します。14年間の結婚生活にピリオドを打って、新たな道を歩むことになります。

関係者の皆様ならびにファンの皆様にはご心配をおかけしてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。

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離婚はしても子供たちの父親であることに変わりは無く、私は、父親として、野球人として、今出来ることに全力を尽くしていく所存です。

まだ、小学生の子供たちのためにも、皆様方におかれましては、本件についてそっと見守って頂きますようお願い申し上げます。

清原和博

 

結婚して14年ですか。

夫人が離婚を決意した背景には、色々とどうにもならなかったものがあったのでしょうね。

 

夫人が離婚を決意したわけは?

夫婦は、今年3月から別居をしていたようです。

3月といえば、清原氏の薬物疑惑が週刊誌に報道されています。

その後、他の週刊誌にて、緊急入院は薬物が原因ではなく重度の「糖尿病」であると告白しています。

別居は「薬物報道」とは関係ないようですね。

 

清原氏は、女性問題や入れ墨などでも報道されています。

実際に夫人が離婚を決意したのは、「女性問題」と「入れ墨」が原因のようです。

2008年にオリックスを引退後、清原氏は右足のふくらはぎに龍の彫り物を彫ったそうです。夫人は、「指導者として野球界に復帰したい」と思っている清原氏のために、涙を浮かべて「足のタトゥーは私が責任を持って絶対に消させます」と言ったそうです。だから「バックアップしてやってください」と。しかし、足のタトゥーを消すどころか、今は上半身(左胸から背中)にも龍の彫り物があるそうです。清原氏は、野球界への復帰も、夫婦間の信頼も、自ら捨て去ったということです。

また、度重なる女性問題も夫婦間の溝を深めていったのでしょう。

 

選手時代、ケガや故障に泣かされた清原氏を支えてきた亜希夫人ですが、引退後の清原氏のあれやこれやにとうとう愛想も尽きてしまったのでしょう。

 

清原和博(きよはら・かずひろ)

1967年8月18日生まれ。47歳。元プロ野球選手(内野手)、野球評論家。

小学生の頃から野球を始め、高校はPL学園に進学。1年の時から4番で甲子園には5季連続出場を果たしました。

高校卒業後は巨人か阪神を熱望するも、西武ライオンズに入団。入団4年目の1989年6月には、100号本塁打を達成しました。史上最年少の21歳9ヶ月でした。その3年後の1992年6月には、24歳10ヶ月の史上最年少で200本本塁打を達成しました。

1996年に、念願の巨人に5年契約で移籍。

2000年に亜希夫人と結婚。以降2人の子供に恵まれています。

2005年、シーズン終了を待たずに巨人より戦力外通告を受けることになりました。そしてシーズン終了後にオリックス・バファローズに入団。

2008年、引退。

引退後は評論家として活動していくことに。

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