もう終戦から何年もたっていて、戦争を知らない世代である私達が社会人になって働いている時代です。
しかし、第一次世界大戦や第二次世界大戦に次いで今、第三次世界大戦がはじまるかもしれないこのご時世、あの時日本が受けた悲しみ・痛みを忘れてしまってはダメだと思います。
どうして人間は同じ過ちを繰り返すのでしょうか。
69年前の8月6日に悲しみに包まれた広島の記憶を、忘れないでください。
福井県遺族代表として平和記念式典に参加した福井市の高校教諭、佐々木克己さん(57)は「8月6日」という日付に特別な思いを抱いている。昨年、88歳で死去した父勇さんが被爆した日であり、一人息子の涼真(りょうま)さん(21)の誕生日でもあるからだ。佐々木さんは今年、勇さんの死をきっかけに初めて記念式典に臨み、「縁(えにし)を感じるこの日に父の『戦争はよくない』という言葉に思いをはせたい」と祈りをささげた。
69年前の8月6日、陸軍兵士だった勇さんは爆心地の南約3・5キロで被爆した。資材や燃料を埋めて隠す作業をしていたという。「突然、背後から強い光が差したかと思うと爆風で倒された」。勇さんは生前、こう語っていた。
勇さんに大きなけがはなく、近くの飛行場で警備の任務についたところに、やけどを負った人々が逃れてきた。「兵隊さん、水をくれ」と懇願されたが、「やけどには水は悪いで我慢せえ」と応じなかった。勇さんは「水をあげればよかった」と悔やんでいたという。
勇さんは戦後、古里・福井で鉄工所などで勤め、所帯を持った。勇さんは「被爆の影響で若死にするかも」と悩み、長男の佐々木さんも「被爆2世だから白血病になるのでは」と不安にさいなまれた。8月6日はつらい記憶の日だった。
それが変わったのは1993年。涼真さんが予定日から1日遅れの8月6日に産声を上げた。佐々木さんは勇さんと喜びながら「運命がこの日にあるんじゃないか」とささやき合った。その年、かねて知人に勧められていた骨髄提供者(ドナー)登録をした。「(原爆症に多い)白血病患者の助けになろうと思った」からだ。
一方、涼真さんは中学1年だった2006年夏、家族旅行先の広島で、勇さんから初めて詳しい被爆体験を聞いた。「子供を抱いた母親に助けてと言われたが、手を合わせて逃げた」。勇さんの話に衝撃を受けた涼真さんはその夏、「八月六日」と題した作文を書き、優秀作品に選ばれた。
<戦争が終わってから六十一年がたった。祖父は六十一回の八月六日に何を思ってきたのだろうか? うれしくはないだろう。しかし、一日だけうれしい日があったらしい。平成五年の八月六日、初孫が生まれた日、つまりぼくの誕生日だ>
式典で父の横に並んだ涼真さんは「いままで8月6日は複雑な気持ちながらも『自分の誕生日』だった。今日は祖父への感謝の気持ちを込めて祈る日にしたい」と話した。【小山由宇】
戦争の記憶を忘れない為に若い世代の私達がやらねばならない事
日本人であるなら、どこ出身でも広島市には絶対訪れてできれば平和式典に参加するべきだと筆者は思っています。
もちろん日本人であれば学校でおおよその戦争時代の歴史について学んではいますが、もっと自力で更に詳しく戦争について考えないといけません。
そうする事により、自分が今如何に幸せか、世界平和とは何かについて考える事が出来るからです。
勿論現代社会を生きる若者である私達も今の時代なりの悩みはあります。
でも、ある日突然愛する人が死んでしまってもう会えなくなってしまう痛み、じゃあねと手を振った家族や友達、恋人にもう2度と会えなくなるなんて、あなたは想像した事ありますか?
そういう辛い思いをみんながしないために、ここで世界平和への取り組みについて個人個人が今一度考えるべきです。
ネットユーザーの声
「目の前に座ってる先輩が「もう戦後ではないとも言われる中で式典を開く意味がわからない」と。つい「それ墓参りに行く意味がわからないと言ってるようなもんですよね」と噛みついてしまった」
「だから何?とか書いてる人がいて、すごいびっくりした。 日本の将来を考えて平和を思って亡くなった方々に申し訳ない。 こんな考えをする若者を作った日本の教育を情けなく思う…」
「原爆のおそろしさは投下された直後の被害だけでなく、その後の差別にもある。広島や長崎出身者がどれほど縁談を断られ、避けられ、日本人から害を浴びせられてきたことか。見えない被害もたくさんある」
「原爆の日。忘れてはいけない」
「今朝ちょうど8時15分に息子にミルクを作ってて、犠牲になった子供たちに手を合わせた。「ミルク飲みにおいで」って思った。元気に飲んでくれた息子に、安心して飲ませることのできることに感謝」
「平和憲法のおかげで日本は長年戦争に巻き込まれなかった訳ではない。米国と自衛隊の抑止力があってこそだ。核廃絶を叫ぶ平和主義者は当時日本に核があれば原爆が投下されていたかどうか考えてみれば良い」
「戦争はよくない。でも、当時の状況もある。それを理解しての平和を望む声には意味がある。犠牲になった方々への哀悼の意を。そして、あの焼け野原から立ち上がった当時の人々の逞しさに敬意を」
「久々にmixi開いたら、このニュースにすらつっかかってるバカがたくさんいて幻滅。バカにとってはその内東日本大震災等も「毎度報道するまでもない過去のこと」になるんだろうな(既になってる?)」
「俺も8月6日、今日誕生日なので広島にいつか行ってみたい」
「その日もきっと今日みたいに暑くてとってもいい天気だったんだろうな。戦争は人間が作り出したもの。だけど、平和を作り出せるのも、作り続けていけるのも、人間。永遠に続く平和をつくっていきたい」
こうしてネットユーザーの方の声を読んでいると、本当に過去の事として自分の事しか考えてない人が多いんだなという結論に至ります。
これはとても悲しい事です。
そういう人が犯罪を起こしたりして、後で後悔しても遅いんですよ。
もっと戦争時代についての教育が必要だと思います。
8月6日に広島で亡くなった方をはじめとする全世界の戦争での被害者の方に黙祷をささげます。
筆者:AI HONDA EKLUND
スウェーデン・ダーラナ地方在住のマルチオペラシンガー。
このことについてはあなたはどう思う??